SEISEI INSIGHTS — 相続・事業承継
配偶者居住権 — 住まいの安定と二次相続を切り分ける構造
2026-09-04
「税務上は配偶者が取得する財産を抑えたほうがよい、という説明は理解しました。ただ、その自宅には私が住んでいます。すべて子に渡してしまったら、私はどこに住むのですか」— 一次相続と二次相続を通算した設計をご説明する場面で、私たちはこの問いを繰り返し受けてきました。
これは感情論ではなく、構造の問題です。そして民法には、この二律背反を正面から解く規定が置かれています。
なぜ二者択一に見えるのか
配偶者が取得した財産については、相続税法第19条の2第1項が税額の軽減を定めています。同項第2号イは、課税価格の合計額に民法第900条による配偶者の相続分を乗じた金額(その金額が1億6,000万円に満たない場合には1億6,000万円)を基準としており、結果として、配偶者が取得した財産のうち法定相続分相当額と1億6,000万円のいずれか多い金額までは、配偶者に納付すべき相続税額が生じない構造になっています。
一次相続の負担だけを見れば、この軽減枠を使い切るところまでは、配偶者に多く残すほど軽くなります。もっとも軽減額は同項第2号のイとロのいずれか少ない金額であり、イ(法定相続分相当額と1億6,000万円の多い方)に達した後は、配偶者への配分をさらに増やしても一次相続の負担がその分だけ軽くなるわけではありません。そして配偶者が取得した財産は、その配偶者の死亡による次の相続で、あらためて課税対象となります。自宅を配偶者名義に寄せれば住まいは安定しますが、その不動産は二次相続に持ち越されます。逆に所有権を子に渡せば持ち越しは避けられますが、配偶者は他人名義の建物に住み続けることになります。
民法が用意した「二層に分ける」構造
民法第1028条第1項は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた配偶者が、その建物の全部について無償で使用及び収益をする権利 —「配偶者居住権」— を取得することを定めています。所有権は配偶者以外の者 — 多くの設計では子などの他の相続人 — が承継し、居住する権利は配偶者が持つ。一つの不動産を、二つの層に分けて配分する設計です。
ただし、この権利は自動的に発生するものではありません。同項が取得原因として掲げるのは、遺産の分割によって取得するものとされたとき(第1号)と、遺贈の目的とされたとき(第2号)の二つです。加えて民法第1029条は、共同相続人間で合意が成立しているとき、または配偶者の生活維持のために特に必要があると認めるときに限り、家庭裁判所が遺産分割の審判で配偶者居住権の取得を定めうるとしています。生前に遺言で手当てしておくか、遺産分割協議でまとめるか、協議が調わなければ配偶者自身が家庭裁判所に取得を申し出るか — いずれにせよ、誰かが意図して動かなければ生じません。
要件と限界を先に押さえる
| 項目 | 配偶者居住権 | 配偶者短期居住権 |
|---|---|---|
| 根拠 | 民法第1028条 | 民法第1037条 |
| 発生 | 遺産分割・遺贈(家庭裁判所の審判による場合を含む) | 相続開始の時に無償で居住していれば法律上当然に。ただし、配偶者が相続開始の時に当該建物の配偶者居住権を取得したとき、または民法第891条に該当し若しくは廃除により相続権を失ったときは発生しません(第1037条第1項ただし書) |
| 存続期間 | 原則として配偶者の終身(第1030条本文。遺産分割の協議・遺言・審判に別段の定めがあればその定めによる) | 共同相続人間で遺産分割をすべき場合は、遺産分割により居住建物の帰属が確定した日と、相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日まで(第1037条第1項第1号)。それ以外の場合は、居住建物取得者による消滅の申入れの日から6か月を経過する日まで(同項第2号・同条第3項) |
| 権利の内容 | 居住建物の全部について無償で使用及び収益をする権利 | 居住建物について無償で使用する権利 |
実務上とくに注意を要するのが、第1028条第1項ただし書です。被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合、配偶者居住権は取得できません。過去の相続で建物の持分が分散したまま整理されていない、あるいは親族との共有名義になっている — こうした状態は、相続が起きてからでは手当てが利きません。自宅の名義がどうなっているかを事前に確認しておく必要があります。
なお、配偶者短期居住権は名称が似ていますが、相続開始直後の居住を暫定的に保護する別個の制度です。二次相続を見据えた設計の道具にはなりません。
税務上の位置づけ — 「一次で減る」のではなく「二次に持ち越さない」
ここは誤解が生じやすい箇所です。配偶者居住権を設定すれば一次相続の負担が軽くなる、という理解は正確ではありません。
相続税法第23条の2第1項は配偶者居住権の価額の算定方法を定め、同条第2項は、その建物の価額を「配偶者居住権が設定されていないものとした場合の時価」から配偶者居住権の価額を控除した残額とすると定めています。敷地についても、同条第3項が配偶者居住権に基づき土地を使用する権利の価額を、第4項がその土地の価額を、同じ控除の関係で規定しています。つまり一次相続では、建物と敷地の価額が居住権部分と所有権部分に配分されるのであって、合計額が減るわけではありません。配偶者居住権の価額は、建物の耐用年数、建築後の経過年数、存続年数、法定利率による複利現価率といった要素を織り込んで算定されます(同条第1項第2号・第3号)。
効果が現れるのは次の相続です。民法第1036条は、使用貸借に関する第597条第3項 —「使用貸借は、借主の死亡によって終了する」— を配偶者居住権について準用しています。配偶者の死亡によって配偶者居住権は終了し、権利そのものが消滅します。消滅する権利は、次の相続で相続財産として承継されません。所有権は、一次相続の時点で配偶者以外の者に移っている。だからこの自宅は、二次相続の遺産に含まれない構造になる。ただしこれは、被相続人が居住建物の全部を所有していた場合の帰結です。被相続人と配偶者が建物を共有していた場合、相続税法第23条の2第1項第1号は被相続人の持分の割合に応ずる部分を基礎に評価することとしており、配偶者がもともと有していた持分はそのまま配偶者の財産として残ります。その持分は二次相続の遺産に含まれます。同様に、遺産の分割によって配偶者が居住建物の共有持分もあわせて取得した場合には、その持分は配偶者の財産として二次相続の遺産に含まれます。なお民法第1028条第3項は、居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは配偶者居住権は消滅しないと定めています。
節税額を一次相続で捻出する仕組みではなく、財産を二次相続へ持ち越さないための仕組みである — この理解の差は、設計の巧拙に直結します。
検討にあたって確認すべきこと
- 自宅の名義は現在どうなっているか — 被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合、第1028条第1項ただし書により配偶者居住権を取得できません(被相続人と配偶者との共有であれば、ただし書による排除は受けません)
- 取得の道筋を用意しているか — 遺言による遺贈か、遺産分割協議か。協議が調わない場合には、第1029条の要件を満たすときに限り家庭裁判所の審判による取得の余地がありますが、いずれの道筋も踏まないまま当然に発生することはありません
- 存続期間をどう定めるか — 原則は終身ですが、協議・遺言・審判で別段の定めを置くことができます
- 所有権を承継する相続人との関係 — 配偶者が居住を続ける建物の所有者となる立場を、誰が引き受けるか
住まいの安定と税負担は、しばしば二者択一として提示されます。しかし民法上の制度を前提に置けば、それは選択の問題ではなく設計の問題になります。自宅の名義、家族構成、そして次の相続までを一枚の構造図に起こすことが、その出発点です。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。