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遺言だけでは完結しない — 遺留分という構造

2026-08-31

「遺言書が残っていました。財産はすべて次男に、と書かれています。私と娘は、これに従うほかないのでしょうか」— ご家族の相続についてご相談をいただくとき、私たちはこの種の問いを繰り返し受けてきました。遺言は強い効力を持ちます。遺留分があるからといって、遺言による処分そのものが無効になるわけではありません。もっとも民法は、一定の相続人に対し、遺留分を侵害された限度で金銭の支払を請求できる地位を留保しています。遺言が「そのまま実現するとは限らない」のは、この仕組みによるものです。

遺言でできること

民法第964条は「遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる」と定めています。第902条第1項により、被相続人は遺言で共同相続人の相続分を定めることもできます。誰にどれだけ遺すかを決められる — 出発点はこの自由です。

遺留分の帰属と割合

この自由が結果として制約を受ける根拠が第1042条です。同条は遺留分の帰属と割合を定める規定であり、これを超える遺言処分を禁じたり無効としたりするものではありません。その効果は、後述する第1046条の金銭請求権として現れます。第1項は「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける」とし、直系尊属のみが相続人である場合を3分の1、それ以外の場合を2分の1と定めます。第2項は、相続人が数人あるときは、この割合に第900条・第901条による各自の相続分を乗じるとしています。

相続人の構成全体としての遺留分各人が受ける額
配偶者と子算定の基礎となる財産の価額の2分の1(第1042条第1項第2号)2分の1に各自の相続分を乗じた割合(同条第2項)
直系尊属のみ3分の1(同項第1号)3分の1に各自の相続分を乗じた割合(同条第2項)
兄弟姉妹定めなし(同条第1項は「兄弟姉妹以外の相続人」と規定)—

前提として、配偶者は第890条により常に相続人となり、子は第887条第1項により相続人となります。直系尊属が相続人となるのは、第887条の規定により相続人となるべき者がない場合です(第889条第1項第1号)。したがって配偶者と子がいる家庭では、遺言で財産をどこに集中させようとしても、算定の基礎となる財産の2分の1は遺留分として残ることになります。

何を基礎に算定するか

第1043条第1項は、算定の基礎となる財産の価額を「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額」と定めています。相続開始時に残っていた財産だけを見るのではない、という点が要点です。

加算される贈与の範囲は第1044条が定めます。第1項は相続開始前の1年間にした贈与に限るとしつつ、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、それより前のものも算入するとしています。第3項により、相続人に対する贈与については「1年」が「10年」に読み替えられ、対象は「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額」に限られます。生前贈与を重ねてきた家庭では、この10年の射程が結論を左右します。

請求できるのは金銭

第1046条第1項は、遺留分権利者及びその承継人が、受遺者又は受贈者に対し「遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる」と定めています。請求の対象は金銭であり、不動産や株式そのものの返還ではありません。

請求を受ける側から見れば、これは資金の問題になります。第1047条第1項は、受遺者・受贈者が負担する額を、受けた遺贈又は贈与の目的の価額を限度とすると定めています。受遺者・受贈者が相続人である場合には、同項の括弧書により、その価額から第1042条の規定によりその相続人が遺留分として受けるべき額を控除した額が限度となります。同条第5項は同条第5項は「裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、…負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる」としています。自社株や自宅を一人に集中して承継させる設計では、承継した側が金銭を用意できるかどうかが、設計の実行可能性そのものを決めます。

期間の制限

第1048条は、遺留分侵害額の請求権について、遺留分権利者が「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する」と定め、「相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする」としています。

生前に扱う余地

遺留分は、生前に手当てできる余地がない制度ではありません。第1049条第1項は「相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生ずる」と定めています。当事者間の合意だけでは効力を生じず、家庭裁判所の許可という手続を経る必要があります。同条第2項により、共同相続人の一人がした放棄は、他の共同相続人の遺留分に影響を及ぼしません。

構造の問題として

私たちの経験では、遺言をめぐる問題の多くは、遺言の内容そのものよりも、遺留分を織り込まないまま設計されたことから生じています。設計の段階で確認すべきは次の三点です。

  • 誰が遺留分権利者になるか — 相続人の構成により、全体としての遺留分が2分の1か3分の1か、あるいは規定がないかが決まります
  • 過去10年の、相続人に対する贈与のうち、婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けたものに何があるか — 第1044条第3項により、算定の基礎に算入される範囲が変わります
  • 財産を集中して承継する者が、金銭の支払に応じられるか — 第1046条の請求は金銭債権です

遺言は、相続人の構成・過去の贈与・承継後の資金繰りを一枚の構造図に載せたとき、はじめて実行可能な設計になります。


本稿は一般的な制度情報の提供を目的とするものであり、個別の法律相談・税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。遺留分をめぐる具体的な紛争の処理は弁護士の業務範囲です。

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