SEISEI INSIGHTS — 国際税務コンプライアンス
日本を離れた後に残るもの — 年金と法人、そして逆算すべき時間
2026-09-15
離日時の税務というと国外転出時課税(出国税)に関心が集まります。これは重要な論点ですが、出口の一部にすぎません。出国税の検討が終わっても、年金と法人という二つのものが日本側に残り、それぞれ別の法定期限で動いています。 本稿はこの二つと、そこから読み取れる時間軸を、一般的な制度情報として整理します。
前提 — 出国税の適用には、独立した二つの要件がある
所得税法第60条の2第1項は、国外転出をする居住者が有価証券等を有する場合、その国外転出の時に当該有価証券等の譲渡があったものとみなすと定めています。売却していない含み益が課税対象になる制度です。
同条第5項は、①対象資産の価額の合計額が一億円未満である居住者、又は②国外転出の日前十年以内に国内に住所若しくは居所を有していた期間として政令で定める期間の合計が五年以下である居住者には、適用しないと定めています。①と②は独立した除外事由です。どちらか一方に当たれば適用されません。資産額だけを見ても、在留資格だけを見ても結論は出ず、両方を確認する必要があります。
②の「政令で定める期間」の内容は、見落とされやすい部分です。この期間からは、出入国管理及び難民認定法別表第一(在留資格)の上欄の在留資格をもって在留していた期間が除かれます(所得税法施行令第170条第3項第1号)。経営・管理、技術・人文知識・国際業務、高度専門職などは、いずれも同法別表第一の上欄に掲げられた在留資格です(同法第2条の2第2項)。永住者・日本人の配偶者等・永住者の配偶者等・定住者は別表第二の上欄に掲げられており、別表第一による除外の対象ではありません。
ただし経過措置があります。平成27年7月1日前に別表第二の上欄の在留資格をもって在留していた期間がある場合、上記の読み替えにより、平成27年6月30日までに別表第二の上欄の在留資格をもって在留していた期間も、居住期間から除かれます(所得税法施行令附則(平成27年3月31日政令第141号)第8条第2項)。影響の有無と程度は、在留資格ごとの在留期間の始期・終期と、十年の判定期間との重なり方によって決まります。
### 納税猶予は「担保を出せば終わり」ではない
適用対象となる場合でも、納税猶予の制度があります。ただし条件は複数あり、そのいずれを落としても猶予は維持できません。
| 要件 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 納税管理人 | 国外転出の時までに納税管理人の届出をすること | 所得税法第137条の2第1項 |
| 担保 | 確定申告期限までに、納税猶予分の所得税額に相当する担保を供すること | 同条第1項 |
| 申告書の記載・添付 | 確定申告書に適用を受けようとする旨の記載があり、対象資産の譲渡等の明細・納税猶予分の所得税額の計算明細等を記載した書類の添付があること | 同条第3項 |
| 猶予期間 | 国外転出の日から五年(帰国等に該当した日が早ければその日)まで | 同条第1項 |
| 期間の延長 | 国外転出の日から五年を経過する日までに延長の届出書を提出した場合、「五年」が「十年」となる | 同条第2項 |
| 毎年の継続届出 | 各年12月31日時点の適用資産について、翌年3月15日までに継続適用届出書を提出すること | 同条第6項 |
| 未提出の効果 | 継続適用届出書が提出期限までに提出されない場合、その提出期限から四月を経過する日をもって猶予期限が確定する | 同条第8項 |
年金 — 二年という、見落とされやすい期限
日本で年金保険料を納めてきた方が離日する場合、脱退一時金という制度があります。国民年金と厚生年金にそれぞれ規定が置かれています。
国民年金では、第一号被保険者としての被保険者期間に係る保険料納付済期間の月数等を合算した月数が六月以上である日本国籍を有しない者(被保険者でない者に限る)であって、老齢基礎年金の受給資格を満たさない者等が、脱退一時金の支給を請求できます(国民年金法附則第9条の3の2第1項)。厚生年金でも、被保険者期間が六月以上である日本国籍を有しない者(国民年金の被保険者でないものに限る)であって、老齢厚生年金の受給権に係る要件を満たさない者等について、同趣旨の規定があります(厚生年金保険法附則第29条第1項)。
いずれも、次のいずれかに当たるときは請求できません(同各条第1項各号)。
| 請求できない場合 | 内容 |
|---|---|
| 国内に住所 | 日本国内に住所を有するとき |
| 既存の受給権 | 障害基礎年金(厚生年金では障害厚生年金)その他政令で定める給付の受給権を有したことがあるとき |
| 二年の経過 | 最後に被保険者の資格を喪失した日(同日に国内に住所を有していた者は、その後初めて国内に住所を有しなくなった日)から起算して二年を経過しているとき |
制度の構造として押さえておくべき点は三つです。
一つは、この制度が日本国籍を有しない者を対象とするものであること。もう一つは、受給資格期間との関係です。国民年金では、保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が十年に満たない場合に老齢基礎年金が支給されないと定められており(国民年金法第26条ただし書)、厚生年金でも合算した期間が十年以上であることが老齢厚生年金の要件とされています(厚生年金保険法第42条第2号)。この十年に達している方は、条文上、脱退一時金の要件を満たさない側に位置します。どちらが有利かという比較ではなく、制度上どちらの枠組みに入るかが先に決まるという構造です。
三つめは、請求したときの効果です。脱退一時金の支給を受けたときは、その額の計算の基礎となった被保険者であった期間は、被保険者でなかったものとみなされます(国民年金法附則第9条の3の2第4項、厚生年金保険法附則第29条第5項)。日本の年金制度上の加入期間は、その分だけ残りません。請求するかどうかは、期限までに判断すべき論点であると同時に、後から戻せない論点でもあります。
法人 — 株式会社を清算するなら、二か月は動かせない
日本法人の株式・持分を保有したまま離日する場合、本稿で扱うのは清算・存続・譲渡という三つの方向です(これが取り得る選択の全てという趣旨ではなく、合併・特別清算・休眠化など別の建付けもあります)。存続させる場合は、日本側での銀行対応・書類の受領・実務連絡を誰が担うのかという運用上の論点に接続し、譲渡する場合は譲渡そのものの課税関係をどう組むかという別の論点に接続します。
清算を選ぶ場合、株式会社については日程の一部が法定されています。清算株式会社は、解散等に該当することとなった後遅滞なく、債権者に対し一定の期間内に債権を申し出るべき旨を官報に公告し、かつ知れている債権者には各別に催告しなければならず、この期間は二箇月を下ることができません(会社法第499条第1項)。公告期間だけで最低二か月、その前後に手続が乗ります。
なお、この条文が対象とするのは清算株式会社です。合同会社その他の法人形態では手続の建付けが異なるため、自社の形態に応じた確認が必要です。また、法律上、清算を渡航前に完了しなければならないわけではありません。ただ、二箇月という法定の最低期間が工程に組み込まれている以上、渡航日を起点に逆算する進め方では収まらないことが多い、という順序の問題です。
情報は先に届くことがある — CRS
離日後の口座については、共通報告基準(CRS)に基づく金融口座情報の自動的交換が関係してきます。もっともこれは無条件の仕組みではありません。その年度において日本と相手国・地域が報告対象の関係にあるか、当該口座が報告対象口座に当たるか、金融機関に届け出た居住地情報がどうなっているか — こうした条件によって、交換されるかどうかは変わります。
逆算の起点を、渡航日に置かない
以上を時間軸に置き直すと、渡航日は最後の一点であって、起点ではありません。
- 在留資格の履歴と保有資産の把握 — 出国税の二つの要件は、いずれもこの情報がないと検討できません
- 納税猶予を使う場合 — 納税管理人の届出は国外転出の時まで、担保と申告書への記載・添付は確定申告期限まで、その後は毎年の継続適用届出書
- 株式会社を清算する場合 — 二箇月を下れない債権申出期間を含む工程
- 年金 — 二年の請求期限は、最後に被保険者の資格を喪失した日(その日に国内に住所があった方は、その後初めて国内に住所がなくなった日)から起算します。渡航日と一致するとは限りません
これらは順序に依存し、複数の年度にまたがります。渡航日を先に固定してから逆算すると、どこかが間に合わないという事態が起きやすい構造です。立ち位置を移すことと、渡航日を決めることは、分けて扱うべきものです。 個別の適用判断・期限管理・申告の要否については、有資格者による確認が必要です。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。