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多層持株構造と信託の承継 — 「上場した株式を子に渡す」前に確定させること
2026-07-30
「海外市場に上場しました。持株を子に承継したい」— ご相談はしばしばこの一文から始まります。しかし最初に確認するのは承継の方法ではなく、承継の対象です。何を、どの法域で、どういう形で持っているのか。この問いに即答できる方は、多くありません。
承継の対象は「会社」ではなく「持株の連鎖」
海外市場に上場した事業をお持ちの方の持分が、事業会社の株式そのものであることはほとんどありません。個人が信託を通じて持株会社の持分を保有し、その持株会社が上場会社の株式を保有し、上場会社が中間持株会社を経て現地の事業会社を保有する — 層ごとに準拠法が異なり、それぞれに固有の移転規制、開示義務、課税関係があります。承継とは、この連鎖のどこかを動かすことです。どの層を動かすかによって、生じる結果は変わります。
日本の相続税法は信託をどう見ているか
「信託に入れてあるので、受益者を書き換えれば済む」— これは日本の税法の下では成立しません。相続税法第9条の2は、信託をめぐる次の場面を、いずれも課税事象として設計しています。
- 効力発生時 — 適正な対価を負担せずに当該信託の受益者等となる者があるときは、その時に、信託に関する権利を委託者から贈与(委託者の死亡に基因して信託の効力が生じた場合には遺贈)により取得したものとみなす(第1項)
- 受益者等の変動時 — 受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに受益者等が存するに至った場合には、従前の受益者等であった者から贈与(その者の死亡に基因する場合には遺贈)により取得したものとみなす(第2項)
- 一部の受益者等が存しなくなった時 — 既に受益者等である者が新たに利益を受けることとなるときは、その利益を、存しなくなった受益者等であった者から贈与(死亡に基因する場合には遺贈)により取得したものとみなす(第3項)
- 終了時 — 残余財産の給付を受けるべき、または帰属すべき者となった者は、その残余財産を受益者等から贈与(受益者等の死亡に基因して終了した場合には遺贈)により取得したものとみなす(第4項)
受益者を変更できるように信託証書を作ることと、受益者を変更しても課税が生じないことは、まったく別の話です。前者は契約の問題であり、後者は条文の問題です。
対象になるのは器ではなく中身
同条第6項は、第1項から第3項までの規定により贈与または遺贈により取得したものとみなされる信託に関する権利または利益を取得した者は、当該信託の信託財産に属する資産及び負債を取得し、または承継したものとみなして、この法律の規定を適用すると定めています。信託受益権という別個の財産を取得したものとして扱うのではなく、信託財産そのものを見る、ということです。
もっとも、これは信託という器を一つ通り越す規定であって、その先の会社が保有する資産まで見通す規定ではありません。信託が持株会社の株式を保有しているなら、対象となるのはその株式です。連鎖が何層あっても、各層の評価はそれぞれに検討を要します。
権限を残す設計と「特定委託者」
第9条の2にいう受益者等には、受益者としての権利を現に有する者に加えて「特定委託者」が含まれます。特定委託者とは、信託の変更をする権限(軽微な変更をする権限として政令で定めるものを除く)を現に有し、かつ、当該信託の信託財産の給付を受けることとされている者(受益者を除く)をいいます(同条第5項)。
二つの要件が揃うことが要件です。「受益者に指定されていないから関係がない」とは限らず、逆に権限を持つだけで直ちに該当するわけでもありません。プロテクターやガーディアンに誰を置き、どこまでの権限を残すかは、家族の統治の設計であると同時に、この二要件との距離を決める作業でもあります。
時期が結果を左右する
みなし贈与・遺贈は「その時において」取得したものとして扱われます。課税関係は、構造を組成した時点、受益者等が変動した時点の状況を前提に定まるということです。上場や資金調達によって持分の価値が大きく動く構造では、どの時点で何を動かしたかが結果を左右します。何が適切かは個別の事情によりますが、少なくとも「あとで整えればよい」という前提を置くことはできません。
承継しようとしているものの法的性質
出資による持株ではなく、複数の契約の組み合わせによって経済的利益と支配を移転する設計が用いられる場面があります。この場合、承継の対象は株式ではなく、契約上の地位や、その契約群を通じて及ぶ支配です。信託は、その中に入れた持分を保全する器ですが、器の外側にある支配関係そのものの法的安定性を高めるものではありません。
議決権の内容が異なる種類株式を用いて、少数の経済的持分で支配を維持する設計も同様です。経済的な取り分と支配権が分離している以上、承継においては、この二つを同じ経路で渡すのか、時期と受け手を分けるのかが、別個の設計事項になります。
保有している間の課税と、毎年の開示
承継の設計は、保有している間の課税と開示が整っていることを前提とします。軽課税法域の持株会社については、外国子会社合算税制により、配当がなくても所得が合算される場合があります(租税特別措置法第40条の4)。信託を挟んだ場合も、実質支配関係の有無という論点が残ります(同条第2項第5号)。
開示は年次の義務です。その年の12月31日において価額の合計額が5,000万円を超える国外財産を有する居住者(非永住者を除く)は、翌年の6月30日までに国外財産調書を所轄税務署長に提出しなければなりません(国外送金等調書法第5条)。偽りの記載、および正当な理由のない期限内不提出には、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が定められています(同法第10条)。なお、相続の開始があった年については、相続または遺贈により取得した国外財産を除外して判定できる特例が置かれています(同法第5条第2項)。
確認すべきこと
- 何を持っているのか — 連鎖のどの層の、どの権利か
- 信託があるなら、誰が受益者等か — 特定委託者に当たりうる者を含めて洗い出せているか
- 保有期間中の課税と開示が、毎年整っているか
承継の設計は、渡し方から始まりません。持っているものの正体を確定させることから始まります。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。