SEISEI INSIGHTS — 相続・事業承継
相続税はどう計算され、誰に及ぶのか — 二つの別々の問い
2026-08-26
「日本で築いた資産を子に残したい。実際にはいくら残るのか」— 在日の資産保有者から、私たちはこの問いを繰り返し受けます。
この問いは、実際には二つの独立した問いに分かれます。第一に、税額はどう計算されるのか。第二に、そもそもどの財産が課税範囲に入るのか。前者は金額の問題であり、後者は身分と居住歴の問題です。混同されやすいのですが、答えを出す順序としては後者が先に来ます。
第一の問い:税額の計算構造
相続税法第15条第1項は、課税価格の合計額から「三千万円と六百万円に当該被相続人の相続人の数を乗じて算出した金額との合計額」を控除すると定めています。これが遺産に係る基礎控除額です。
なお、相続人の数の数え方には同条第2項に制限があります。被相続人に実子がある場合、相続人の数に算入できる養子は1人まで、実子がなく養子が2人以上いる場合は2人までです。また相続の放棄があった場合には、放棄がなかったものとした場合の相続人の数によります。
税率は同法第16条が定めます。課税価格の合計額から基礎控除額を控除した残額を、民法第900条の法定相続分に応じて取得したものとみなし、その各取得金額を以下の区分に当てはめて計算した金額を合計したものが「相続税の総額」です。
| 各取得金額の区分 | 税率 |
|---|---|
| 1,000万円以下の金額 | 100分の10 |
| 1,000万円超 3,000万円以下の金額 | 100分の15 |
| 3,000万円超 5,000万円以下の金額 | 100分の20 |
| 5,000万円超 1億円以下の金額 | 100分の30 |
| 1億円超 2億円以下の金額 | 100分の40 |
| 2億円超 3億円以下の金額 | 100分の45 |
| 3億円超 6億円以下の金額 | 100分の50 |
| 6億円超の金額 | 100分の55 |
最高税率の100分の55は、遺産全体に適用される率ではありません。条文は金額を区分し「それぞれの金額に…税率を乗じて計算した金額を合計した金額」とする方式を採っており、55%が及ぶのは各取得金額のうち6億円を超える部分だけです。
課税価格の合計額が3億円、相続人が配偶者と子2人の計3人である場合を条文どおりに計算すると、基礎控除額は3,000万円+600万円×3=4,800万円、課税遺産総額は2億5,200万円となります。法定相続分は配偶者2分の1で1億2,600万円、子は各4分の1で6,300万円です。区分ごとに税率を乗じて合計すると、配偶者分3,340万円、子は各1,190万円、相続税の総額は5,720万円です。
配偶者の取得分には別の軽減がある
この総額がそのまま納付額になるとは限りません。相続税法第19条の2第1項は、配偶者が取得した財産について、法定相続分に相当する金額と1億6,000万円のいずれか多い金額までに対応する税額を控除すると定めています。
先の設例で、配偶者が法定相続分どおり2分の1(1億5,000万円)を取得した場合、配偶者の算出税額2,860万円は同額が控除され、配偶者の納付税額は生じません。子2人が負担する合計額が2,860万円となります。
ただし同条第3項は、この軽減が申告書に適用を受ける旨と計算明細を記載した書類の添付がある場合に限り適用されると定めています。制度上の軽減であっても、申告を経なければ及びません。
第二の問い:誰の、どの財産に及ぶのか
こちらが構造上より重要です。相続税法第1条の3第1項は納税義務者を号ごとに分けており、財産を取得した時に日本に住所を有する者のうち「一時居住者でない個人」は同項第1号イに当たります。この場合、取得した財産が国内にあるか国外にあるかを問いません。
「一時居住者」の定義は同条第3項第1号にあります。相続開始の時において在留資格を有する者であって、相続開始前15年以内において国内に住所を有していた期間の合計が10年以下であるものをいい、ここでの在留資格は「出入国管理及び難民認定法別表第一の上欄の在留資格」と明記されています。
要件は二つあります。
第一に、別表第一の上欄の在留資格であること。入管法第2条の2第2項は、在留資格を別表第一の上欄に掲げるもの(下欄に「本邦において行うことができる活動」が定められているもの)と、別表第二の上欄に掲げるもの(下欄に「本邦において有する身分又は地位」が定められているもの)に分けています。別表第二の上欄に掲げられているのは、永住者、日本人の配偶者等、永住者の配偶者等、定住者です。これらは別表第一の在留資格ではないため、定義上、一時居住者の要件を満たしません。ただし、これだけで第1号イに当たるわけではありません。第1号の柱書は「当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有するもの」と定めており、日本に住所を有することが別個の要件です。両者を満たしてはじめて第1号イにいう「一時居住者でない個人」に当たり、その場合には財産の所在を問わず課税対象となります。
第二に、期間要件です。相続開始前15年以内における住所期間の合計が10年以下であること。これは所得税法上の非永住者の判定(過去10年以内・合計5年以下)とは、年数も枠組みも異なる別個の規定です。数字が似ているために最も混同されやすい箇所のひとつです。
財産取得時に日本に住所を有しない者については、同項第2号が定めます。日本国籍を有する個人であって、相続開始前10年以内のいずれかの時において国内に住所を有していたことがあるものは、同号イ(1)に当たります。日本を離れていても、この10年の範囲にあるかぎり課税は及びます。
そして見落とされやすいのが、第1項第1号ロ、第2号イ(2)及び第2号ロに置かれた括弧書きです。これらにはいずれも、被相続人が「外国人被相続人」又は「非居住被相続人」である場合を除く旨が定められています。これらの語も同条第3項が定義しており、被相続人自身の在留資格・住所・国籍の状況によって、相続人側の課税範囲が変わる構造になっています。
したがって、どの号に当たるかは相続人の状況だけでも、被相続人の状況だけでも決まりません。両者の組合せで判定される点が、この条文の設計上の要です。「日本に住んでいたから全世界課税」「国籍がないから対象外」といった一方向の理解は、いずれも条文の構造と一致しません。
号が決まると、課税財産の範囲が決まる
第1条の3が定めているのは、あくまで納税義務者の区分です。その区分ごとにどの財産が課税対象となるかは、同法第2条が受けています。
同条第1項は、第1条の3第1項第1号又は第2号に該当する者について「その者が相続又は遺贈により取得した財産の全部に対し、相続税を課する」と定めます。同条第2項は、同項第3号又は第4号に該当する者について「その者が相続又は遺贈により取得した財産でこの法律の施行地にあるものに対し、相続税を課する」と定めます。
つまり課税範囲は二段構えです。第1条の3で住所・在留資格・国籍・居住期間からどの号に当たるかが決まり、第2条がその号に応じて、取得財産の全部に及ぶのか、国内にある財産に限られるのかを決めます。財産の所在という要素は、この第2条の段階で初めて効いてきます。
課税価格を圧縮する規定
- 保険金の非課税限度額 — 相続税法第12条第1項第6号は、相続人が取得した保険金について、500万円に相続人の数を乗じた金額を非課税限度額とし、その範囲の部分を課税価格に算入しないと定めています。同項第7号は退職手当金等について同様の枠を置いています
- 小規模宅地等の特例 — 租税特別措置法第69条の4第1項は、限度面積要件を満たす宅地等について、課税価格に算入すべき価額を、特定事業用・特定居住用・特定同族会社事業用は100分の20、貸付事業用は100分の50に減額すると定めています。前者は8割減、後者は5割減にあたります。限度面積は同条第2項により、特定事業用等400平方メートル、特定居住用330平方メートル、貸付事業用200平方メートルです
構造として捉える
相続・遺産に対する課税の有無と方式は法域によって大きく異なり、こうした課税を持たない法域も存在します。ただし他の法域に課税がないことは、日本法上の課税範囲を狭める理由にはなりません。第1条の3の判定は、あくまで住所・在留資格・国籍・居住期間という日本法側の要素で行われ、そこで決まった号に応じて第2条が課税財産の範囲を定めます。
確認すべきは次の三点です。
- 相続人と被相続人それぞれの区分 — 住所、在留資格が別表第一か別表第二か、国籍、そして住所期間。両者の組合せが第1条の3のどの号に当たるかを決め、その号に応じて第2条が課税財産の範囲を定めます
- 相続人の数 — 基礎控除額、税率区分への当てはめ、保険金の非課税限度額のすべてがこの数に連動します
- 財産の構成 — 宅地等や保険金の割合によって、適用しうる圧縮規定が変わります
これらはいずれも、相続が開始してから変えられるものではありません。居住歴と在留資格は時間の経過とともに区分が移り、特例の多くは申告を要件とします。したがって年度内に計画として整理しておく必要があります。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。