SEISEI INSIGHTS — 国際税務コンプライアンス
複数の国にまたがる資産の承継 — 一通の遺言では足りない理由
2026-07-06
私たちは、母国と日本、さらに第三国にも資産をお持ちの方から、承継のご相談を繰り返し伺います。事業会社の株式は母国に、不動産は母国と日本に、金融資産はシンガポールや香港に——。資産が複数の法域にまたがるとき、承継は一通の遺言では完結しません。国ごとに相続・税務・為替のルールが異なり、それぞれが独立に適用されるためです。本稿は、その構造を一般的な情報として整理するものです。
出発点は「資産の棚卸し」と「法域の対応づけ」
最初に行うのは、どの資産が、どの国に、どの名義で存在するかを一覧化することです。そのうえで、各資産をどの制度で承継・保有するかを対応づけます。国際的な資産保有で用いられる代表的な構成要素には、次のようなものがあります。
- オフショアの信託(離岸資産の保有・承継の器として)
- 母国国内の家族信託(母国内の不動産等の承継)
- ファミリーオフィス向けの優遇税制(海外投資の管理)
- 日本の民事信託・合同会社(日本国内の不動産の保有)
いずれもそれぞれの法域の制度であり、適用の可否と条件は国によって大きく異なります。単一の万能な器は存在せず、資産の所在に応じた組み合わせで考えるのが基本です。
日本側で確認すべき基本
日本に相続税の納税義務が及ぶ場合、まず押さえるべきは次の三点です。
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 遺産に係る基礎控除額 | 3,000万円+600万円×法定相続人の数 | 相続税法第15条 |
| 配偶者の税額軽減 | 配偶者の取得財産が1億6,000万円又は法定相続分相当額まで、相続税がかからない | 相続税法第19条の2 |
| 小規模宅地等の特例 | 一定の宅地について評価額を最大80%減額(課税価格を20%まで圧縮) | 租税特別措置法第69条の4 |
日本国内の不動産は路線価等に基づく評価が行われ、これに小規模宅地等の特例が組み合わさることで、評価額は大きく変わり得ます。数値の試算は個別の事実関係に強く依存するため、まずは適用され得る制度の全体像を把握することが先決です。
見落とされやすい三つのリスク
制度の設計と同じくらい重要なのが、次のリスクの把握です。
- 被支配外国企業(CFC)に関する規定 — 軽課税国に置いた法人の利益が、実質的な支配者である個人の所得として課税され得ます。事業としての経済的実体の有無が問われます。
- CRS(共通報告基準) — 多くの国・地域が金融口座情報を自動的に交換しています。海外口座の残高等の情報は、本人の申告を待たずに居住地国の税務当局へ届きます。
- 為替・送金規制 — 国によっては個人の外貨購入や海外送金に枠が設けられており、資産を一度に移すことはできません。合法的な経路で、段階的に進める必要があります。
構造として捉える
複数法域の承継は、「どの国が課税権を持つか」「各国でどの制度が使えるか」を一枚の図に落とし込むことから始まります。金額の試算そのものより先に、資産の所在・名義・各国の申告状況を正確に把握することが出発点です。制度によっては年度内に計画しておくべき手続もあり、時間軸の設計も欠かせません。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。