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建物だけを法人へ、その上に信託を — 不動産オーナーの保有と承継を切り分ける
2026-09-18
「賃料は毎年きちんと入ってきます。ただ、手元に残る額を見ると、半分近くがどこかへ消えている。しかも、この建物はいずれ相続でもう一度課税されるのですよね」— 複数棟の収益不動産を個人名義で保有されている方から、私たちはこの言葉を繰り返し聞いてきました。
これは運用の巧拙ではなく、保有名義という構造の問題です。誰の名義で持ち、何を移し、何を移さないか。順番に見ていきます。
なぜ個人名義の賃料収入は重くなるのか
不動産の貸付けによる所得は、所得税法第26条第1項にいう不動産所得に当たります。事業所得や譲渡所得に該当するものを除き、貸付けによる所得はここに分類され、総合課税の対象として他の所得と合算されます。
合算された課税総所得金額に適用される税率は、所得税法第89条第1項の表により、4,000万円を超える部分について45%です。これに個人住民税の所得割が加わります。地方税法第35条第1項は道府県民税の所得割の標準税率を100分の4、同法第314条の3第1項は市町村民税の所得割の標準税率を100分の6と定めており、合計で10%です。したがって、最上位の区分に届いている方の限界税率は、所得税と住民税を合わせて約55%になります(別途、復興特別所得税が基準所得税額の2.1%として課されます)。
一方、法人に対する各事業年度の所得に対する法人税の基本税率は、法人税法第66条第1項により100分の23.2です。ここに地方法人税や法人住民税・法人事業税が加わるため、法人が実際に負担する割合はこの数字を上回りますが、累進構造を持つ個人の最高税率とは税率の組み立て方そのものが異なります。
重要なのは、これが「いくら得をするか」の話ではないという点です。同じ賃料が、どの納税主体に帰属するかによって、適用される税率表が変わる。それだけの話であり、そこから先は個々の事情に依存します。
建物は移す、土地は動かさない
不動産管理法人を設立する場合、実務上よく検討されるのが、建物のみを法人へ移し、土地は個人名義のまま残すという組み方です。
理由は、移転そのものに費用がかかるためです。不動産取得税は、地方税法第73条の2第1項により、不動産の取得に対して取得者に課されます。土地も建物も「不動産」であり、移せば移した分だけ取得時の負担が生じます。加えて、個人から法人への譲渡は譲渡所得課税の対象となり、登記に伴う費用も発生します。移転対象を建物に限定すれば、これらが土地に及びません。
もう一つの視点は、土地を個人に残すことで、土地に関する個人側の取扱い(相続時の評価や各種特例の適用可能性を含む)を動かさずに済むという点です。どの特例が使えるかは要件次第であり、一般論として断定できるものではありませんが、「動かさない」こと自体が選択肢になるという構造は押さえておく価値があります。
| 個人名義のまま保有 | 建物のみ法人へ | 土地建物とも法人へ | |
|---|---|---|---|
| 賃料収入の帰属 | 個人(不動産所得・総合課税) | 法人(法人税の対象) | 法人(法人税の対象) |
| 適用される税率の枠組み | 所得税法第89条第1項の累進+住民税 | 法人税法第66条第1項ほか | 法人税法第66条第1項ほか |
| 移転時のコスト | 発生しない | 建物分の不動産取得税・譲渡所得課税等 | 土地建物双方に発生 |
| 土地の取扱い | 個人のまま | 個人のまま | 法人へ移転 |
| 主な留意点 | 累進の最上位に達しやすい | 移転価額の設定、地代の設定 | 移転コストが最も重い |
「簿価で移せばよい」は通りません
この設計で最も誤解が多いのが、移転価額です。帳簿上の残存価額で法人へ移せば利益が出ないので課税もない、という説明を耳にすることがありますが、条文はそうなっていません。
まず法人側です。法人税法第22条第2項は、益金の額に算入すべき金額を「資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額」と定めています。無償による譲受けが明文で挙げられている以上、安く受け取ったこと自体が法人の側で収益として捉えられる構造になっています。
個人側はさらに直接的です。所得税法第59条第1項第2号は、「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る。)」があった場合には、その時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなすと定めています。そして所得税法施行令第169条は、この「政令で定める額」を、譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額としています。つまり時価の半分を下回る価額で法人へ移せば、実際に受け取った額にかかわらず、時価で売ったものとして譲渡所得が計算されます。
さらに、所得税法第157条第1項は、同族会社等の行為又は計算がその株主等である居住者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるときは、税務署長がその行為又は計算にかかわらず所得を計算できると定めています。オーナー個人とその法人との間の取引は、この規定の射程に入り得ます。
結論として、建物の移転価額は時価を踏まえて組み立てる必要があり、価額の設定こそがこの設計の実質的な中心になります。
その上に信託を重ねるとき
法人化が「毎年の課税をどの主体に帰属させるか」の設計だとすれば、信託は「世代を超えて誰が受益するか」の設計です。不動産管理法人の株式を信託財産とすれば、株式の承継そのものを設計対象にできます。
信託法第91条は、受益者の死亡により当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定めのある信託について特例を置いています。ただし同条は同時に限界も定めており、その信託がされた時から30年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合、その受益者が死亡するまで、または当該受益権が消滅するまでの間に限って効力を有するとされています。「何代でも連続させられる」制度ではなく、30年という起点から先は一代限りで区切られる、というのが条文の構造です。
財産の分離についても同様に、条文の射程を正確に見る必要があります。信託法第23条第1項は、信託財産責任負担債務に係る債権に基づく場合を除き、信託財産に属する財産に対して強制執行、仮差押え、仮処分、担保権の実行、競売または国税滞納処分をすることができないと定めています。ただし同条第2項は、自己信託(第3条第3号に掲げる方法)によって信託がされた場合に、委託者がその債権者を害することを知って当該信託をしたときは、信託前に生じた債権を有する者も執行できるとし、第4項でこの例外を信託の時から2年間に限っています。信託は債務からの万能の遮蔽ではなく、いつ、どの方法で設定したかによって扱いが変わります。
確認すべきこと
- 賃料収入が、いま所得税法第89条第1項の表のどの区分に達しているか — 名義を変える意味の大きさがここで決まります
- 建物の時価はいくらか — 所得税法第59条第1項第2号と同法施行令第169条の基準に照らして、移転価額が成立するかが決まります
- 承継させたいのは不動産そのものか、それを保有する法人の株式か — 信託を重ねる層が変わります
- 既存の借入や保証がどこにあるか — 信託法第23条の例外との関係で、設定の時期と方法が変わります
保有名義・移転価額・承継の順序を一枚の構造図に起こすことが、不動産を中核資産とする方の設計の出発点です。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。