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事業承継か、売却か — 判断を分ける構造
2026-09-16
「息子に継がせるべきか、売るべきか」— 日本で二十年以上事業を営んできたオーナー経営者から、私たちはこの問いを繰り返し受けてきました。多くの場合、それは決断の問題として持ち込まれます。しかし実務上、判断を分けているのは決意の強さではなく、資産の側にある構造です。
判断の単位は「会社」ではなく「資産」
承継か売却かは、一つの会社に対する二者択一として語られがちです。しかし課税の枠組みは、会社全体にではなく、個々の資産の区分ごとに働きます。事業会社の株式、賃貸用の収益不動産、自社が事業に使っている土地 — これらは相続の場面でも譲渡の場面でも、それぞれ異なる規定の下に置かれます。したがって現実的な出発点は、「会社をどうするか」ではなく「どの資産が、どの区分に落ちるか」を先に確定することです。
後継者が存在するかどうかは、この作業の前提条件にすぎません。後継者が不在であれば承継という選択肢が消えるだけで、残る資産をどう扱うかという問いは残ります。
承継の側にあるコスト — 相続税の累進構造
相続税法第16条は、課税価格の合計額から基礎控除額を控除した残額を法定相続分に応じて按分し、その各取得金額を区分して税率を乗じ、合計する方式を定めています。同条の税率表では、一千万円以下の金額に百分の十が適用される一方、六億円を超える金額には百分の五十五が適用されます。資産規模が大きいほど、上位区分の税率が実際に効いてきます。
小規模宅地等の特例 — 減額割合は用途で変わる
ここが誤解の集中する箇所です。租税特別措置法第69条の4第1項は、相続又は遺贈により取得した宅地等のうち一定のものについて、相続税の課税価格に算入すべき価額を圧縮する制度を定めています。ただし、圧縮の幅は一律ではありません。
| 宅地等の区分 | 課税価格に算入する割合 | 実質の減額割合 | 限度面積 |
|---|---|---|---|
| 特定事業用宅地等 | 20% | 80% | 400㎡ |
| 特定同族会社事業用宅地等 | 20% | 80% | 400㎡ |
| 特定居住用宅地等 | 20% | 80% | 330㎡ |
| 貸付事業用宅地等 | 50% | 50% | 200㎡ |
同項第一号は前三者について課税価格を価額の百分の二十とし、第二号は貸付事業用宅地等について百分の五十としています。限度面積は同条第2項の各号によります。
実務上重要なのは、賃貸に供している収益不動産の敷地は、原則として第二号の貸付事業用宅地等の側に落ちるという点です。減額割合は五十パーセント、限度面積は二百平方メートルにとどまります。さらに同条第3項第一号は、特定事業用宅地等にいう「事業」から不動産貸付業を明示的に除いています。「不動産を多く保有しているほど八十パーセントの減額が大きく効く」という理解は、賃貸用不動産についてはそのまま当てはまりません。
もっとも、この五十パーセントも自動的に得られるものではありません。同条第3項第四号は、貸付事業用宅地等から「相続開始前三年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等」を除いています(相続開始の日まで三年を超えて引き続き政令で定める貸付事業を行つていた被相続人等の当該貸付事業の用に供されたものは、この除外から外れます)。さらに同号は、取得した親族が相続開始時から申告期限までの間に被相続人の貸付事業を引き継ぎ、申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ貸付事業の用に供していること — あるいは生計を一にしていた親族が、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ相続開始前から申告期限まで引き続き自己の貸付事業の用に供していること(保有と使用とで起算点が異なります) — を要件としています。相続の直前に不動産を取得して区分だけを作る、という発想は、この三年要件で止まります。
もう一点、見落とされやすい前提があります。同条第1項は「個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに……宅地等……がある場合」を適用の入口としています。つまりこの特例は、個人が相続により取得した宅地等そのものを対象とする制度です。不動産を法人の側に置き、相続人が承継するのが当該法人の株式である場合、承継の対象は宅地等ではなく株式となり、評価は別の枠組みの下で行われます。相続税法第22条は、相続により取得した財産の価額は取得の時における時価によると定めており、市場価格のない非上場株式については、この時価をどう把握するかが別個の論点になります。
持株会社を用いる構成は、この二つの枠組みのどちらに立つかを選ぶ行為でもあります。「法人に移したうえで、宅地の特例も引き続き使う」という前提で設計を進めると、出発点から食い違いが生じます。
売却の側にあるコスト — 譲渡所得
所得税法第33条は、譲渡所得を資産の譲渡による所得と定義しています。非上場株式の譲渡は、租税特別措置法第37条の10第1項にいう「一般株式等」— 同法上、上場株式等以外の株式等 — の譲渡に当たり、他の所得と区分したうえで、課税譲渡所得等の金額の百分の十五に相当する所得税が課されます。
これに二つが加わります。復興特別所得税は基準所得税額の百分の二・一(東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法第13条)であり、十五パーセントに対して〇・三一五パーセントとなります。住民税は、地方税法附則第35条の2により、一般株式等に係る譲渡所得等について道府県民税百分の二・市町村民税百分の三(指定都市の区域内に住所を有する場合は百分の一・百分の四)が課されます。合計で20.315パーセントです。
相続税の上位区分と比べたとき、この税率は定率であり、時期を選べるという性質を持ちます。逆に言えば、一度実現させれば繰り延べの余地は残りません。
二者択一ではなく、資産ごとの配置
後継者が不在で、事業環境の変化が速く、資産が軽い事業 — この条件がそろえば、保有し続けること自体が価値の目減りを意味します。他方、安定した賃料収入を生み、区分としても評価の枠組みが定まっている資産は、時間をかけて承継の設計に載せる余地があります。同じ会社の中に、この両方が同居していることは珍しくありません。
確認すべきは次の三点です。
- 後継者は実在するか — 不在であれば、承継という選択肢そのものが成立しません
- 各資産はどの区分に落ちるか — 宅地等の区分、株式の種別によって、適用される規定が変わります
- 相続人が承継するのは資産そのものか、株式か — この違いが、評価の枠組みを分けます
「会社を継ぐか売るか」という問いを、「どの資産を、どの形で、誰に渡すか」という問いに置き換えること。それが構造として扱うということです。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。