SEISEI INSIGHTS — 相続・事業承継

自宅と保険をめぐる、二つの構造 — 小規模宅地等の特例と非課税枠

2026-07-24

「自宅は1億円ほどです。私に万一のことがあれば、家族はいくら相続税を払うことになりますか」。日本に自宅と家族を持つ方から、私たちはこの問いを繰り返し受けます。前提を確認せずに答えることはできませんが、少なくとも「1億円がそのまま課税される」とは限りません。日本の相続税には、自宅と生命保険をめぐる二つの構造的な軽減措置が用意されています。

自宅 — 小規模宅地等の特例

一つ目は小規模宅地等の特例です(租税特別措置法第六十九条の四)。被相続人等が居住の用に供していた宅地を一定の相続人が取得した場合、330㎡までの部分について、評価額を20%相当(すなわち80%減額)として相続税の課税価格を計算できます。1億円と評価される自宅であっても、要件を満たせば課税上の評価は大きく圧縮されます。

適用できる取得者には要件があります。配偶者が取得する場合には、居住や保有の継続といった追加要件は課されません。被相続人と同居していた親族が取得する場合には、申告期限までの居住・保有の継続が求められます。同居していなかった親族については、いわゆる「家なき子」の要件を満たす必要があり、取得者が一定期間、自己または近親者の持ち家に居住していないこと等が条件となります。要件は個別性が高く、事実関係の確認が不可欠です。

対象は自宅にとどまりません。被相続人等の事業の用に供されていた宅地は400㎡まで80%減額、貸付事業の用に供されていた宅地は200㎡まで50%減額の対象となります。居住用と特定事業用は所定の範囲で併用できますが、貸付用と併用する場合には面積の調整計算が必要です。

用途上限面積減額割合主な取得者要件
特定居住用(自宅)330㎡80%配偶者=無条件/同居親族=居住・保有の継続/非同居=「家なき子」要件
特定事業用(自社の事業用)400㎡80%事業・保有の継続
貸付事業用(賃貸物件)200㎡50%貸付・保有の継続

生命保険金・退職手当金の非課税枠

二つ目は、生命保険金と退職手当金の非課税枠です。相続人が受け取る生命保険金のうち、「500万円 × 法定相続人の数」までは相続税の課税価格に算入されません(相続税法第十二条第一項第六号)。死亡退職手当金についても、同じく「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠が設けられています(同項第七号)。

構造として見ると、同じ現金でも置き場所によって扱いが変わります。預金のまま相続すればその全額が課税価格に算入されますが、生命保険金として遺族が受け取れば、非課税枠の範囲は課税価格から除かれます。法定相続人が三人であれば、保険金で1,500万円、退職手当金で1,500万円、合わせて3,000万円が非課税枠の上限となります。保険は保障の手段であると同時に、この非課税枠を通じて相続財産の構成に影響を与える制度でもある、という位置づけです。

早い時点でこそ、選べる

これらの措置に共通するのは、いずれも「相続が起きてから」ではなく「元気なうちに」構造を整えておくことで初めて選択肢になる、という点です。誰が自宅を取得すれば特例の要件を満たすのか。保険の非課税枠をどこまで使うのか。こうした設計は、時間の余裕があるほど選択の幅が広がります。相続対策の最適な時期は相続の後ではなく、資産の全体像を一枚の構造図に起こせる、まさに今です。


本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。

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