SEISEI INSIGHTS — 相続・事業承継

賃貸建物による相続税評価 — 評価差はどこから生まれ、どこで崩れるか

2026-09-02

「現金を持っているより、借入をして賃貸マンションを建てたほうが相続税は下がると言われた」— 八十代のご相談者から、私たちはこの話を伺いました。計算の方向としては、確かにそうした構造が働きます。ただし、この構造がなぜ成り立つのかを法律のどの層で理解しているかによって、結論の安定性はまったく変わります。

評価差はどこから生まれるのか

現金は、相続税の計算上そのまま額面で評価されます。1億円の現金は1億円です。同じ1億円を賃貸建物とその敷地に変えると、課税価格の組み立ては次の三つの経路で変わります。

第一に、建物と土地は、それぞれ通達に定められた方法で評価されます。現金のような額面評価ではなく、建物であれば固定資産税評価額を基礎とし、土地であれば所在地域に応じて通達が定める方式によります。取得に要した金額と評価額は一致しません。

第二に、賃借人の権利が及ぶ建物とその敷地については、自用の場合よりも低い評価とする取扱いが置かれています。所有者が自由に使える状態とは同じに扱わない、という考え方です。ここで前提となるのは「賃貸している」という外形ではなく、賃借人の権利が現に及んでいることです。賃貸借の形をとっていても賃借人としての権利が生じない使わせ方であれば、同じ調整が当然に及ぶとは限りません。またこれは自動的に適用されるものでもなく、相続開始の時点で現に賃貸の用に供されているか、どの程度が賃貸されているかといった事実に左右されます。空室のまま相続が開始した部分について、当然に同じ調整が及ぶわけではありません。

第三に、建築資金として負った借入金は、それが被相続人の債務として相続開始の際に現に存し、確実と認められるものであり、かつその取得者の負担に属する部分について、取得者の納税義務者としての区分に応じて、はじめて債務控除の対象になります。相続税法第14条第1項は、控除すべき債務を「確実と認められるものに限る」と定めています。建築資金の借入れであることそれ自体が控除を基礎づけるわけではありません。相続税法第13条第1項は、財産を取得した者が同法第1条の3第1項第1号又は第2号に該当する場合について、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(同項第1号)を課税価格から控除する旨を定めています。これに該当しない区分の取得者については、同条第2項が、この法律の施行地にある財産に係る公租公課や当該財産を担保する債務など、限定列挙された債務に控除の範囲を絞っています。控除されるのは、そのうちその者の負担に属する部分の金額です。この点で、住宅ローンのように団体信用生命保険によって死亡時に完済される設計とは異なります。もっとも、条文が控除の対象とするのはあくまで各人の負担に属する部分であり、借入の存在それ自体が誰にいくらの控除が生じるかを確定させるわけではありません。つまり、借入の存在それ自体ではなく、誰が取得者で、どの債務を負担するかが控除額を決めます。

資産の持ち方相続税評価の考え方借入金の扱い
現金額面
自用の建物・その敷地通達に定める方法で評価(建物は固定資産税評価額を基礎、土地は地域に応じた通達所定の方式)相続開始の際現に存する債務のうち、その者の負担に属する部分が控除の対象(相続税法第13条第1項第1号)
賃借人の権利が及ぶ建物・その敷地上記に加え、賃借人の権利が及ぶことを踏まえた調整(賃借人の権利が現に及んでいるか、現に賃貸の用に供されているか等の事実に依存)同上

評価額が投じた金額を下回り、かつ三つの経路がそろって働いた場合には、現金のまま保有した場合と比べて課税価格は下がります。これが「賃貸建物を建てると相続税が下がる」と語られる構造の中身です。ただし、通達に定める方法で評価した結果が投じた金額を必ず下回る、という保証はどこにもありません。評価額と投下資金の関係は、建物の種類や所在地、取得の条件によって変わります。逆にいえば、三つのうちどれか一つでも前提を欠けば——建物が完成していない、賃貸に供されていない、債務をその相続人が負担しない——結論も圧縮幅も変わります。そして課税価格が下がることは、税引後の資産全体が増えることと同義ではありません。空室リスク、借入金利、建築費、換金の容易さは、いずれも評価額とは別の軸で効いてきます。

ただし、法律上の基準は「時価」である

ここから先が、実務上もっとも重要な部分です。

上に述べた評価の方法は、財産評価基本通達という国税庁の通達に基づいています。通達は行政内部の文書であり、税務署の職員を職務上拘束しますが、納税者や裁判所を直接拘束するものではありません。

一方、法律そのものは何を定めているか。相続税法第22条は、「この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による」と定めています。

冒頭の留保のとおり、時価によるという原則は無条件ではありません。同法第三章(財産の評価)には、地上権及び永小作権、配偶者居住権等、定期金に関する権利、立木について個別の評価規定が置かれており、これらはその特則によります。もっとも、賃貸建物とその敷地はいずれの特則にも当たりません。したがってその評価の基準となるのは、通達ではなく法律上の「時価」です。

通達による評価は、実務における統一的な評価ルールとして機能しており、これを離れた評価が無条件に行われるわけではありません。しかし、それが常に法律上の時価と一致することを法が保証しているわけでもありません。通達に沿った数字が出たという事実だけでは、その評価が争われないことの保証にはならない — これが構造上の位置づけです。

前提を支えているのは「現に賃貸されている」という事実

確認すべきは、評価差の大きさではなく、その評価が前提としている事実が相続開始の時点で本当に揃っているかです。

  • 相続開始の時点で、建物は完成し、現に賃貸の用に供されているか — 建築の途中で相続が開始した場合、当初想定していた「賃貸に供された建物」としての評価の前提は整っていません
  • どの程度が賃貸されているか — 賃貸に供されている割合は評価の前提に直接影響します
  • 賃貸事業として運営される実体があるか — 入居者の募集、賃料の収受、管理の体制が現に機能しているか。これは独立した要件というより、「現に賃貸の用に供されている」という事実を裏づける材料です

三点目は、高齢期に建築を開始する場合にとりわけ現実的な論点です。工期は数年に及ぶこともあり、その間の時間は誰にも制御できません。

構造として捉える

賃貸建物による相続税の課税価格の圧縮は、法令と通達に根拠を持つ正当な構造です。同時に、その構造は「相続開始の時点で、現に賃貸の用に供されている」という事実の上に成り立っています。その事実を欠けば、依拠していた前提そのものが成立しません。

検討にあたっては、評価がいくら下がるかという試算より先に、次を確定させることをお勧めします。相続開始が明日であったとしても説明できる保有目的と運営実態があるか。借入と建築の時間軸が、想定される期間に対して現実的か。そして、法律上の基準はあくまで時価であるという前提を、関係者全員が共有しているか。


本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。

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