SEISEI INSIGHTS — 相続・事業承継
不動産の法人化と譲渡の時点 — 税率を二倍に分ける「その年1月1日」
2026-09-02
「個人名義の物件を、自分が設立した会社に売って法人化したい」— 不動産を保有する方から、私たちはこの相談を繰り返し受けています。方向性としては検討に値する構造です。ただし、この検討で最初に確認すべきなのは、法人化を行うかどうかではなく、その移転をいつ行うかです。時点を一年誤れば、同じ物件・同じ価格でも所得税の税率が二倍になり得ます。
自分の会社への移転も、税務上は「譲渡」
出発点として、個人名義の不動産を自身が支配する法人へ移すことは、相手が自分の会社であっても資産の譲渡にあたります。譲渡の相手方が同族法人であることを理由とする除外は、条文に設けられていません。「自分の中で動かしただけ」という感覚と、税法上の取扱いは一致しません。
ただし、そこから生じる所得が常に譲渡所得になるわけではありません。所得税法第33条第2項第1号は、たな卸資産の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得を、譲渡所得から除いています。不動産を業として売買している方が保有する物件は、この除外に当たり得ます。以下に述べる長期・短期の区分は、その譲渡が譲渡所得として課税される場合の話です。まず自身の保有がどちらに当たるかを確認することが先になります。
長期と短期 — 所得税率は15%と30%
個人が土地等・建物等を譲渡した場合、その譲渡所得は他の所得と区分して課税されます(分離課税)。そして所有期間の長短によって、適用される所得税率が二つに分かれます。
| 区分 | 判定基準 | 所得税の税率 | 根拠条文 |
|---|---|---|---|
| 長期譲渡所得 | 譲渡した年の1月1日において所有期間が5年を超える | 課税長期譲渡所得金額の100分の15 | 租税特別措置法第31条第1項 |
| 短期譲渡所得 | 譲渡した年の1月1日において所有期間が5年以下 | 課税短期譲渡所得金額の100分の30 | 租税特別措置法第32条第1項 |
15%と30%。所得税の本体部分だけを見れば、区分が一つずれるだけで負担は正確に二倍になります。これに加えて、基準所得税額に対して2.1%の復興特別所得税が課され(東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法第13条)、さらに住民税が別途課されます。
「5年」の起算点は、取得日の応当日ではない
実務で最も誤解が多いのがこの点です。長短の判定は、取得した日から数えて5年が経過したかどうかではありません。条文は明確に「その年一月一日において所有期間が五年を超える」と定めています。基準日は、譲渡を行った年の1月1日です。
そして所有期間そのものは、取得(建設を含む)をした日の翌日から引き続き所有していた期間とされています(租税特別措置法第31条第2項)。
この二つを組み合わせると、次のようになります。ある年の年央に取得した物件を、その5年後の年央に譲渡した場合、日数で数えれば5年を超えています。しかし判定の基準日はその年の1月1日であり、その時点での所有期間は4年半にとどまります。したがって短期譲渡所得として30%の区分に入ります。長期の区分に移るのは、翌年の1月1日を迎えてからです。
暦のうえでは数か月の違いですが、税率の差は二倍です。
時点だけでは足りない — 価額の設定
時期を整えても、移転価額の設定次第で、譲渡所得の計算そのものが変わり得ます。所得税法第59条第1項第2号は、法人に対する「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」があった場合には、その時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなす旨を定めています。ここでいう政令で定める額とは、譲渡の時における価額の2分の1に満たない金額です(所得税法施行令第169条)。対価を低く設定すれば課税も小さくなる、という前提は、この水準を下回れば成り立ちません。
また所得税法第157条第1項は、同族会社の行為又は計算で、その株主等である居住者の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、税務署長がその行為又は計算にかかわらず所得金額を計算することができる旨を定めています。低い価額での取引が当然にこの規定の対象になるわけではありませんが、判断は個別の事情によります。相手が自分の会社であることは、取引条件を自由に決めてよいことを意味しません。
また、移転そのものに伴って、譲渡所得以外の税負担や登記に係る費用も発生します。時点を後ろに動かす選択をする場合には、その待機期間中の保有コストも含めて比較すべきです。
順序として押さえるべきこと
法人化の検討では、スキームの是非に議論が集中しがちです。しかし私たちの経験では、実際の負担額を左右しているのは、しばしば構造ではなく実行の時点です。移転を検討する際には、少なくとも次の三点を先に確定させることをお勧めします。
- 取得日はいつか — 登記簿上の日付と、実際の取得日を照合する
- 直近の1月1日時点で、所有期間は5年を超えているか — 超えていなければ、翌年1月1日以降に移転時期を置く選択肢がある
- 移転価額をどう設定するか — 同族法人との取引では、価額の妥当性そのものが独立した検討課題です
法人化そのものは、保有・収益・承継の構造を組み替える手段です。その手段を実行に移すボタンを、どの年に押すか。構造図と暦を同じ一枚の上に置くことが、この検討の出発点です。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。