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上場前の資本構成 — 株式移転が繰り延べるもの、繰り延べないもの
2026-09-18
「三年後の上場を目指しています。いまの持株比率のままで問題ないでしょうか」— 事業が軌道に乗った創業者の方から、私たちはこの相談を受けます。多くの場合、質問の背後にあるのは「上場の日に何が起きるのか」という不安です。
上場それ自体は、創業者が株式を売る日ではありません。ただし、株式が動き始める日ではあります。動き始めたときに何が適用されるかを先に確認しておくと、いま決めるべきことと、まだ決めなくてよいことの切り分けができます。
株式を売ったときに適用される枠組み
個人が株式を譲渡した場合、その所得は他の所得と区分して課税されます。租税特別措置法第37条の10第1項は、一般株式等(上場株式等以外のもの)に係る譲渡所得等の金額に対し100分の15に相当する所得税を課すと定めています。上場後は同法第37条の11第1項が適用され、上場株式等に係る譲渡所得等の金額に対して同じく100分の15です。
ここに復興特別所得税が加わります。東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法第13条は、個人に課する復興特別所得税の額を基準所得税額の100分の2.1と定めており、15%に対して0.315%が乗ります。さらに個人住民税の5%が加わり、合計20.315%というのがよく引かれる数字の内訳です。
税率そのものは上場の前後で変わりません。変わるのは、株式の価値と、売却できる相手の範囲です。
持株会社を挟むという選択
会社法第772条第1項は、一又は二以上の株式会社が株式移転をすることができ、この場合においては株式移転計画を作成しなければならないと定めています。事業会社の株主が保有株式を新設の親会社へ移し、その対価として親会社株式の交付を受ける — これが株式移転であり、持株会社を新設する典型的な手続です。
ここで最も誤解されやすいのが、個人株主に課税が生じない根拠です。「組織再編税制の適格要件を満たせばよい」と説明されることがありますが、適格性は法人税法上の概念であり、個人株主の譲渡所得の取扱いを直接定めるものではありません。
個人の側の根拠条文は、所得税法第57条の4第2項です。同項は、居住者がその有する旧株につき、その旧株を発行した法人の行った株式移転(当該法人の株主に株式移転完全親法人の株式以外の資産が交付されなかったものに限る。株式移転に反対する株主の買取請求に基づく対価を除く)により当該株式移転完全親法人に対し旧株の譲渡をし、かつ当該株式移転完全親法人の株式の交付を受けた場合には、第27条(事業所得)、第33条(譲渡所得)または第35条(雑所得)の適用については当該旧株の譲渡がなかったものとみなす、と定めています。
条文の条件は明確です。親会社株式以外の資産が交付されないこと。金銭を混ぜた瞬間に、この規定の適用範囲から外れます。
そして重要なのは、これが「なかったものとみなす」規定、すなわち課税の繰延であるという点です。免除ではありません。同条第4項は、これらの規定の適用がある場合における居住者が取得した有価証券の取得価額の計算その他必要な事項を政令に委ねています。その委任先である所得税法施行令第167条の7第6項は、株式移転により株式移転完全親法人に譲渡した旧株の取得価額をもって、取得した当該親法人株式の取得価額とすると定めており、取得価額はそのまま引き継がれます。移転を早く行えば取得原価が低く固定されて有利になる、という説明は、この繰延構造とは整合しません。
| 創業者が事業会社株式を直接保有 | 持株会社を挟む | |
|---|---|---|
| 株式移転時の個人課税 | — | 所得税法第57条の4第2項により譲渡がなかったものとみなされる(交付が親会社株式のみである場合) |
| 上記の性質 | — | 免除ではなく繰延。取得価額は引き継がれる |
| 事業会社株式の売却主体 | 個人 | 持株会社 |
| 売却益に適用される枠組み | 措置法第37条の10/第37条の11(所得税15%)+復興特別所得税+住民税 | 法人税法第66条第1項の基本税率23.2%ほか、法人課税の枠組み |
| 手取りに至るまで | 一段階 | 法人段階の課税を経たのち、個人が受け取る段階で別途課税関係が生じる |
表の最終行が示すとおり、持株会社を挟むことは税負担を単純に軽くする操作ではありません。課税の発生地点と回数が変わるだけであり、資金を法人内に留めて再投資するのか、個人の手元に移すのかという意思決定と一体で考える必要があります。
ストックオプション — 創業者本人は対象外になりやすい
租税特別措置法第29条の2第1項は、一定の要件を満たす新株予約権(特定新株予約権)を契約に従って行使して株式を取得した場合、その取得に係る経済的利益については所得税を課さないと定めています。権利行使の時点で課税せず、株式を売却した時点の譲渡所得課税に一本化する仕組みです。
ただし、同項が対象とする「取締役等」の定義から、付与決議の日において当該株式会社の政令で定める数の株式を有していた個人(大口株主)と、その配偶者その他の政令で定める特別の関係があった個人(大口株主の特別関係者)は明文で除かれています。持株比率の高い創業者本人は、この除外に該当する可能性が高く、自らに適格ストックオプションを付与して課税を繰り延べるという設計は通常成立しません。適格ストックオプションは、創業者のための制度ではなく、幹部・従業員のための制度です。
要件は契約書の文言として定められている必要があり、第1項各号は次のように並んでいます。
- 行使期間 — 付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日までの間(設立の日以後の期間が5年未満であること等の財務省令で定める要件を満たす会社の場合は15年を経過する日まで)(第1号)
- 年間の権利行使価額の合計額が1,200万円を超えないこと(第2号)。なお第1項ただし書は、設立の日以後の期間が5年未満の会社では権利行使価額を2で除して、5年以上20年未満であること等の要件を満たす会社では3で除して、この1,200万円の判定を行うと定めています
- 1株当たりの権利行使価額が、契約締結の時における1株当たりの価額に相当する金額以上であること(第3号)
- 新株予約権を譲渡してはならないこととされていること(第4号)
第3号は設計の順序を規定します。行使価額は契約締結時の株価を下回れないため、株価が上がってから付与しても、その時点の株価が下限になります。株価が低い段階で誰に何を割り当てるかは、後から取り返せない種類の意思決定です。
順序を決める
上場準備における資本構成の論点は、突き詰めれば「どの順番で何を確定させるか」に集約されます。
- 創業者の保有株式をどの主体に置くか — 株式移転を行うなら、対価が親会社株式のみで組めるか(所得税法第57条の4第2項)
- 幹部・従業員への付与をいつ行うか — 権利行使価額の下限は契約締結時の株価で決まります(措置法第29条の2第1項第3号)
- 誰が大口株主に当たるか — 適格ストックオプションの対象から外れる範囲が決まります
- 売却の主体を個人と法人のどちらに置くか — 課税の発生地点と回数が変わります
持株比率・移転の対価・付与の時期を一枚の資本政策表に落とすことが、上場を視野に入れた設計の出発点です。年度や期の締切に追われて決める性質のものではなく、株価が動く前に順序を確定させておく性質のものです。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。