SEISEI INSIGHTS — 相続・事業承継

子への支出は、なぜ贈与にならないのか — 生活費・教育費と相続対策の構造

2026-07-23

「相続税を抑えたいなら、早めに子どもへ財産を移しておくべきでしょうか」。日本で資産を築かれた方から、私たちはこの質問を繰り返し受けます。しかし、財産を「移す」こと自体には贈与税が課され、その最高税率は相続税と同じく55%です(相続税法第十六条・第二十一条の七)。移転を急ぐ前に、確認しておくべき構造があります。

「移す」のではなく「使う」

相続税法第二十一条の三第一項第二号は、扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち、通常必要と認められるものは、贈与税の課税価格に算入しないと定めています。平たく言えば、親が子の学費や生活費を直接負担しても、それは贈与税の対象にはならない、ということです。

これは抜け穴ではありません。扶養は本来、親が果たすべき義務です。制度はその前提を確認しているにすぎません。

鍵は「通常必要」と「都度」

条文の要は二つの言葉にあります。一つは「通常必要と認められるもの」。大学の学費、子が住む住居の家賃、月々の生活費など、その人の生活水準に照らして通常必要と認められる範囲であれば対象となります。もう一つは、その支出が必要の都度、実際に生活費・教育費として費消されることです。渡した資金が使われずに預金として残れば、その残額は贈与とみなされ得ます。

同じ金額でも、行き先によって扱いが変わります。

支出の形贈与税の扱い
学費を教育機関へ直接支払う対象外(教育費)
子が住む住居の家賃を親が直接支払う対象外(生活費)
生活費を必要の都度仕送りする対象外(都度使い切り)
同額を子の口座へ入金し貯蓄される課税対象(使途が特定されない)
住宅購入の頭金を負担する生活費の範囲を超え、課税対象

要点は金額の多寡ではなく、その支出が実際に生活費・教育費として費消されるかどうかにあります。

まとまった資金を移すための特例

日々の生活費・教育費とは別に、まとまった資金を一括で移すための特例も設けられています。

  • 教育資金の一括贈与の特例(租税特別措置法第七十条の二の二):直系尊属から30歳未満の者へ、信託銀行等を通じて拠出する教育資金について、1,500万円を上限に贈与税を非課税とする制度です。
  • 結婚・子育て資金の一括贈与の特例(同法第七十条の二の三):直系尊属から18歳以上50歳未満の者へ、1,000万円を上限に贈与税を非課税とする制度です。

いずれも租税特別措置法上の特例であり、適用期限が定められています(教育資金は令和8年3月31日、結婚・子育て資金は令和9年3月31日まで)。利用を検討する場合は、この期限を踏まえて年度内に計画を立てる必要があります。

構造として捉える

相続対策の出発点は、財産を慌てて移すことではありません。日々の扶養という、本来果たすべき義務の中に、すでに正当な移転の余地があります。確認すべきは次の三点です。

  • 子の学費・家賃・生活費を、誰が、どの口座から、どのように支払っているか
  • その支出は「通常必要」の範囲にあり、都度費消されているか
  • まとまった資金の移転を、特例の適用期限内に計画できているか

生活費・教育費という日常の支出を、相続財産の構造の中に位置づけて見直すこと。それが、資産をお持ちの方の相続対策の土台になります。


本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。

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