SEISEI INSIGHTS — 国際税務コンプライアンス

「人を移すのか、構造を移すのか」— シンガポール・香港への移転を検討する前に整理すべきこと

2026-06-25

「友人が会社をシンガポールに移した。相続税もキャピタルゲイン課税もないと言う。本当か」— 私たちはこの問いを繰り返し受けてきました。事実として、シンガポールと香港はいずれも相続税(遺産税)を廃止しており、株式等の譲渡益に対する課税も原則として課されません。日本との制度差は確かに大きい。しかし「では自分も移るべきか」という問いには、まず一つの区別が必要です。移すのは「人」なのか、「構造」なのか。 これはまったく別の問題です。

制度の構造的な差

税率の細部は国・年度によって変わりますが、構造として押さえるべき差は次の三点です。

論点日本シンガポール / 香港
相続税(遺産税)あり(最高税率は高い)なし(いずれも廃止済み)
株式等の譲渡益課税原則課税原則非課税
課税範囲居住者は全世界所得課税(所得税法第7条第1項第1号)原則として国内源泉・送金ベースに近い設計

「日本で稼ぎ、日本で保有し、日本で承継する」その各段階に課税が及ぶのに対し、シンガポール・香港では譲渡益や承継の段階の負担が構造的に軽い。これが移転が話題になる背景です。

ただし「人を移す」には対価がある

人の移住には、見落とされがちな論点が伴います。

  • 出国税(国外転出時課税)。一定額以上の有価証券等(合計1億円以上)を保有し、一定期間以上日本に居住していた居住者が国外転出する際、未実現の含み益に課税されます(所得税法第60条の2)。
  • CRS(共通報告基準)。移転先と日本・母国の双方に資産があれば、口座情報は自動的に交換され、両国での申告が前提になります。
  • 実体要件。シンガポールのファンド優遇は、現地での実質的な運用活動を求めます。名義だけの設立では要件を満たしません。
  • 生活コスト。住居費・インターナショナルスクール・雇用コストは東京を上回る水準になり得ます。

三つの選択肢

整理すると、検討対象はおおむね三つに分かれます。

1. 人も構造も移す — 家族で移住し、税務上の居住者区分そのものを変える。生活・教育・医療・在留資格上の便益を手放す対価を伴い、相応の資産規模と、遠隔で管理可能な事業であることが前提になります。

2. 構造だけ移し、人は日本に残す — シンガポールにファンドや管理会社を置く。ただし本人が日本居住者であれば全世界課税が及び、外国子会社合算税制(CFC、租税特別措置法第66条の6)の審査も厳格です。一定の適用除外要件を満たさない限り、現地の軽課税は日本側で取り込まれ、期待した効果は大きく減殺されます。

3. 移さず、日本国内の手段を最大化する — 持株会社・家族法人・信託・保険・贈与を組み合わせ、日本に居ながら構造を整える。移住も出国税も伴いません。

私たちの経験では、多くの在日のご家族にとって現実的な出発点は三番目です。資産規模が十分に大きく、生活様式の変更も受け入れられる場合に初めて、一番目が選択肢に入ります。二番目は一見魅力的ですが、CFCと全世界課税により節税効果は限定的になりがちです。

「準備」と「実行」は別

賢明なのは、まず日本国内で構造を整え、将来本当に移転が必要になったときに動ける状態にしておくことです。国内の最適化は移住を必要としません。仮に将来、資産規模や家族の状況が変わって移住を選んでも、日本に築いた構造(持株会社・信託)は解体せずそのまま運用でき、変わるのは個人の税務居住者区分だけです。準備は行動と同義ではありません。しかし、準備しなければ選択肢そのものが生まれない — これが移転を巡る論点の核心です。具体的な設計は、国際税務に通じた有資格の専門家とともに進める必要があります。


本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。

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