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BVI・VISTA信託の構造 — 「非介入」と「ファイアウォール」の射程を正しく理解する

2026-07-28

「オフショアに信託を設定すれば、資産は守られるはずだ」— 事業承継や国際的な資産保全のご相談で、私たちはこの前提を繰り返し伺います。しかし実際に問われるのは「どの法域を選ぶか」ではなく「その法域の法律が、何を、どこまで手当てしているか」です。英領ヴァージン諸島(BVI)の Virgin Islands Special Trusts Act 2003(以下「VISTA」)は、この問いを考える上で最も分かりやすい素材のひとつです。

VISTAが適用される場面は限定されている

VISTAは、BVIに設定されたすべての信託に自動的に適用される法律ではありません。適用されるのは、①信託がBVI法に準拠し、②信託財産にBVI法人の株式(designated shares/指定株式)が含まれ、③信託証書においてVISTAの適用が明示されている場合です。株式の指定は、信託の設定時でも、その後の任意の時点でも行うことができます。

つまりVISTAは「BVIに口座や会社をつくれば得られる保護」ではなく、BVI法人の株式を保有する信託という特定の構造を前提とした制度です。ここを取り違えると、想定した効果が及ばない設計になります。

四つの構造的特徴

特徴内容実務上の意味
受託者の非介入義務受託者は傘下会社の事業や業務を調査する義務を負わず、単に株主であることのみを理由として経営に介入しない事業会社を信託に移転しても、受託者の判断で経営方針が変更されない
分散投資義務の排除指定株式については、信託財産に占める比率や収益性にかかわらず保有を継続できる単一の事業会社に資産が集中していても、受託者の義務違反とならない
権限の留保信託証書により取締役の任免権を持つ地位やプロテクターを設け、取締役の任免、投資の指図、受益者の変更等の権限を留保できる法的所有権を受託者に移転しつつ、事業の方向性に関与する余地を残せる
存続期間の無制限永久拘束禁止則が適用されず、期間の定めなく存続しうる世代を超えた承継の器として設計できる

第一の非介入義務が、VISTAが事業承継に用いられる主たる理由です。通常の信託では、受託者は信託財産を善良な管理者の注意をもって管理する義務を負い、傘下の事業会社についても監督上の責任が生じ得ます。受託者としてはリスクを避けるために事業の売却や分散を志向しがちで、これは創業家の意向と衝突します。VISTAはこの衝突を、受託者の義務そのものを外すことで解消しています。

ファイアウォール条項の射程 — 誤解が最も多い部分

VISTAには、外国法の適用や外国判決の承認を制限する、いわゆるファイアウォール条項が置かれています。委託者や受益者が外国に居住し、または外国籍を有すること、あるいは外国法が当該信託を認めないことを理由として、信託の有効性は否定されません。また、信託の有効性に関する外国判決や、強制相続分(forced heirship)・夫婦財産制に基づく請求は、BVIにおいて承認・執行されないものとされています。

ここで正確に理解すべき点があります。これは「あらゆる債務から資産を遮断する仕組み」ではありません。 ファイアウォールが主として対象とするのは、信託の有効性そのものを争う請求、強制相続規則、夫婦財産の分割といった類型です。加えて、詐害的な財産移転については別途の規律があり、移転の時点で既に債権者であった者を害する意図をもってなされた処分は、一定の期間内であれば取消しの対象となり得ます。

「紛争が起きてから信託を設定する」— この順序では、制度は機能しません。ファイアウォールは、紛争が顕在化する前に、正当な承継・保全の目的で設定された構造を守るための規定です。

CRS下での位置づけ

共通報告基準(CRS)による金融口座情報の自動的交換が定着した現在、オフショア法域に資産を置くことによる「秘匿」は成立しません。信託を通じて保有する金融口座の情報も、報告対象として税務当局に到達します。

したがってVISTA信託の意義は、情報を隠すことではなく、準拠法を選択することにあります。誰が事業の方向性を決めるのか、承継の場面で持分がどう扱われるのか、何世代にわたって構造を維持できるのか — これらをどの国の法律のもとで規律するかという選択です。

そして重要なのは、法域を選んでも、委託者・受益者の居住地国における税務上の取扱いは別途の検討を要するという点です。BVIに信託を設定したことが、日本の居住者としての申告義務を左右しない場面は多く、構造の設計と居住地国の税務は必ず併せて確認する必要があります。

検討すべき論点

  • 信託に移転する対象は何か — VISTAはBVI法人の株式を前提とした制度です
  • 誰がどの権限を留保するのか — 留保が過度であれば、居住地国において信託の実質が争われる余地が生じます
  • 設定の時期は適切か — 紛争が顕在化した後の移転は、保護の対象外となり得ます
  • 居住地国での税務上の取扱いを確認したか — 法域の選択と申告義務は別の問題です

法域の選択は、法律から逃れることではなく、どの法律のもとで構造を規律するかを決めることです。その判断は、資産の所在、家族の居住地、事業の実態を一枚の構造図に起こすところから始まります。


本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。

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