SEISEI INSIGHTS — 相続・事業承継

「住所」はどこにあるか — 贈与税の納税義務を分ける居住地認定と、2017年改正が塞いだ抜け穴

2026-07-02

「海外に住所を移せば、国外財産の贈与に日本の贈与税はかからないのか」— 資産の世代間移転を検討する方から、私たちはこの問いを繰り返し受けます。かつてこの構造が実際に争われ、国が敗訴した著名な事案があります。そこで何が問われ、その後の改正で何が変わったのかを、制度の構造として整理します。

事案の構造

2000年前後、ある資産家が、オランダ法人の出資持分という形の巨額財産を子へ贈与しました。受贈者の住所は、当時、香港に登録されていました。当時の相続税法(2017年改正前)の下では、贈与税の納税義務は受贈者の「住所」により定まり、受贈者の住所が国外にあれば、国外にある財産の贈与には日本の贈与税が及ばないと解し得る余地がありました。

争点は、受贈者の「住所」が日本にあるのか香港にあるのか、この一点でした。課税当局は「生活の本拠は日本にある」として、日本での課税を主張しました。

「住所」とは生活の本拠

日本法上、「住所」は民法第二十二条により「各人の生活の本拠」と定義されます。住民票の所在地ではなく、生活の実態がどこにあるかで判断されます。

最高裁は、住所の認定は客観的な生活の実態に基づくべきであり、たとえ租税負担の回避が動機であったとしても、法律上の住所認定そのものは動機によって否定されない、という趣旨を示しました(最高裁 平成23年2月18日判決)。この考え方は、当時の税務実務に大きな影響を与えました。

結果として国が敗訴し、課された贈与税(報道によれば約1,330億円)は、還付加算金を含めて還付されました(報道ベースで総額およそ2,000億円規模とされます)。

2017年改正が塞いだもの

この判断を受けて、制度そのものが見直されました。現行の相続税法第一条の四は、贈与により財産を取得した者について、日本国籍を有する者などが「当該贈与前十年以内のいずれかの時において日本国内に住所を有していた」場合には、贈与時に国外に住んでいたとしても、原則として全世界の財産が贈与税の対象となる旨を定めています。

つまり、住所を国外へ移すだけでは、直近まで日本に住所があった場合、国外財産の贈与を日本の課税から外すことはできなくなりました。

教訓 — 制度は動く

時点制度の状態
改正前受贈者の住所が国外なら、国外財産の贈与に贈与税が及ばない余地があった
現在過去10年以内に日本に住所があれば、国外財産の贈与も原則として課税対象

過去に成立した構造が、その後の立法によって塞がれることは珍しくありません。ある一時点の税制だけを前提に世代間移転を設計すると、後年の制度変更で前提が崩れます。資産の移転は、居住地・財産の所在・適用時点の税制を一体として確認したうえで、年度内に計画的に検討する必要があります。


本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。

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