SEISEI INSIGHTS — ファミリーウェルス
家族法人と所得分散 — 「一人の法人」から「一家の法人」へ
2026-06-22
「法人を設立して、自分に役員報酬を支払っている。これで十分のはずだ」。年商が一定規模に達した在日のオーナー経営者から、私たちはこうした言葉を繰り返し聞いてきました。配偶者が受発注や仕入先の対応を担い、子が事業のウェブまわりを手伝っている——それでも、社長一人だけが役員として報酬を受け取り、家族は無報酬のまま。ここには、制度として検討すべき論点が残されています。
累進構造のもとでは「誰が受け取るか」が税額を変える
日本の所得税は累進税率です。所得税法第89条は、課税所得を金額帯に区分し、上の帯ほど高い税率を乗じる仕組みを定めています。同じ報酬総額でも、一人に集中させれば高い税率帯に達し、複数人で分担すれば各人が低い税率帯にとどまります。さらに、給与所得者にはそれぞれ給与所得控除が認められます。一人で受け取れば控除は一人分ですが、実際に働く家族が複数いれば、その人数分の控除が積み上がります。これが「家族法人による所得分散」の基本構造です。
試算例 — 同じ役員報酬総額を一人で受けるか、四人で分担するか
下表は、役員報酬の総額2,000万円を一人で受け取る場合と、実際に業務に従事する家族四人で分担する場合の税額イメージを比較した試算例です(基礎控除・社会保険料控除等を捨象した概算であり、方向性の理解を目的とします)。
| 受取人 | 役員報酬 | 給与所得控除 | 課税所得 | 所得税+住民税(概算) |
|---|---|---|---|---|
| 社長(一人で全額) | 2,000万 | 195万 | 1,805万 | 約600万 |
| 社長 | 800万 | 190万 | 610万 | 約130万 |
| 配偶者 | 600万 | 164万 | 436万 | 約85万 |
| 子A | 400万 | 124万 | 276万 | 約25万 |
| 子B | 200万 | 68万 | 132万 | 約7万 |
| 四人合計 | 2,000万 | 546万 | 1,454万 | 約247万 |
控除の差にも注目に値します。一人で受け取る場合の給与所得控除は約195万円ですが、四人で分担すれば控除の合計は約546万円に達します。税率帯の低下と控除の積み上がりが重なって、税額の構造が変わります。
制度が引く三本の線
ただし、この構造は無条件に認められるものではありません。役員報酬には、法人税法上の歯止めが設けられています。
- 過大な役員給与の否認:法人税法第34条は、役員に対する給与のうち一定の要件を満たさないもの、また不相当に高額な部分(同条第2項)を、損金に算入しないと定めています。
- 特殊関係使用人への過大な給与の否認:法人税法第36条は、役員と特殊の関係にある使用人に対する給与のうち不相当に高額な部分を、損金不算入とします。家族を「役員」ではなく「従業員」として処遇する場合にも、この規律が及びます。
- 源泉徴収義務:所得税法第183条は、給与の支払者に源泉徴収と翌月10日までの納付を義務づけます。家族への給与であっても、源泉徴収を欠けば手続上の問題となります。
実務上の判断軸は、突き詰めれば二つです。第一に実態——その家族が現に業務に従事しているか。第二に相応性——業務の内容と量に、報酬の金額が見合っているか。日々フルタイムで関与する配偶者への相応の報酬は説明がつきますが、関与の薄い家族への高額報酬は、否認の対象となり得ます。
見落とされやすいコスト — 社会保険
所得分散は税額だけで完結しません。家族を役員・従業員として処遇すれば、社会保険の加入対象が増え、法人・個人双方の保険料負担が生じます。税額の軽減効果と、増加する社会保険料を両建てで評価しなければ、正味の効果は見えてきません。
構造として捉える
家族法人は、節税の小技ではなく、「一家がどのように働き、どのように所得を分けるか」という事業の設計そのものです。確認すべきは、(1) 各家族が担う業務の実態、(2) 業務に見合った報酬の水準、(3) 源泉徴収・社会保険を含む手続全体——この三点です。誰がどの業務を担い、その対価をどう設計するかを一枚の構造図に起こすことが、出発点になります。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。