SEISEI INSIGHTS — 国際税務コンプライアンス

国外転出時課税(出国税)— 「売却していない含み益」に課される税の構造

2026-06-26

日本から母国へ戻る準備を進める資産家の方から、私たちは次のような言葉を繰り返し聞いてきました。「保有しているだけで、まだ売却していない。だから税金はかからないはずだ」。多額の含み益を抱えた上場株式を持ったまま出国を考えている場合、この認識は誤っている可能性があります。

最初に確認すべき問いは「保有する有価証券の合計額はいくらか」です。合計が一定額を超えると、たとえ一株も売却していなくても、出国の時点で未実現の利益(含み益)に課税される——これが国外転出時課税、いわゆる「出国税」の構造です。

「売却」がなくても「譲渡があったものとみなす」

国外転出時課税の根拠は、所得税法第六十条の二(国外転出をする場合の譲渡所得等の特例)にあります。同条は、一定の居住者が国外転出をする時において有価証券等を有する場合、その国外転出の時に当該有価証券等の譲渡があったものとみなす、と定めています。

つまり、実際の売却という事実がなくても、出国という事実をもって「売ったもの」として扱い、その時点の時価と取得価額との差額(含み益)に課税します。税率は譲渡所得と同様に15.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%)です。

誰に適用されるのか — 二つの要件

すべての出国者が対象になるわけではありません。所得税法第六十条の二は、次のいずれの要件も満たす居住者に適用されます。

要件内容
保有資産額国外転出の時に有する有価証券等の合計額が1億円以上(1億円未満であれば適用なし)
居住期間国外転出の日前10年以内に、国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年を超えること(5年以下であれば適用なし)

対象となる「有価証券等」には、株式・投資信託のほか、未決済の信用取引やデリバティブ取引も含まれます。長く日本で生活してきた方の多くは、居住期間の要件をすでに満たしています。

納税の猶予 — 出国時に一括で納めなくてもよい

含み益への課税は、出国の時点で現金収入を伴わない「みなし」の課税であるため、納税資金の問題が生じます。これに対し、所得税法第百三十七条の二(納税猶予)が用意されています。

納税管理人の届出など所定の手続を行い、担保を提供することで、納税を猶予することができます。猶予期間は最長5年、所定の手続により10年まで延長が可能です。猶予の適用を受けている間は、毎年、継続適用の届出書を提出する必要があります。

重要なのは、その後の扱いです。猶予期間中に帰国し、対象の有価証券等を売却せずに保有し続けていた場合には、課税そのものを取り消すことができます。一方、猶予期間中に海外でこれらを売却した場合には、猶予されていた税額を納付することになります。

構造として捉えるための論点

国外転出時課税は、出国の直前に慌てて対応する性質のものではありません。判定の基準時は出国の時点であり、その時点の保有構造が結論を左右します。一般的には、次のような点が構造の検討対象となります。

  • 判定基準額(1億円)に対して、保有する有価証券等の時価がどの位置にあるか
  • NISA口座(租税特別措置法第三十七条の十四に基づく非課税口座)内の上場株式等の扱い
  • 個人と法人のいずれの名義で有価証券を保有しているか

なお、中国にも、移住・戸籍の抹消に伴い出国前に税務上の清算を求める仕組みがあります。基準や手続は日本の制度とは異なりますが、「国境を越える時点で課税関係を確定させる」という方向性は共通しています。

試算で見る規模感

制度の規模感を、あくまで一般的な試算例として示します。

項目金額(例)
有価証券等の時価合計1.2億円
取得価額合計4,000万円
含み益(未実現利益)8,000万円
税率15.315%
みなし譲渡に係る税額約1,225万円

出国は税務関係の終わりではなく、むしろ課税関係を確定させる起点になり得ます。居住期間・保有資産の構成・名義の所在を一枚の図に整理することが、国境を越える前の出発点です。


本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。

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