SEISEI INSIGHTS — 相続・事業承継
一つの遺産、二つの法体系、複数の税 — 日中をまたぐ相続をどう構造で捉えるか
2026-06-16
「親が日本で亡くなりました。日本にも中国にも不動産があります。どこから手を付ければよいのでしょうか」— 在日華人の資産家の方から、私たちはこうした相談を繰り返し受けてきました。一つの遺産が二つの国にまたがると、適用される法律も、踏むべき手続きも、課される税も一気に増えます。一手ごとに判断を誤れば、税負担が膨らむか、不動産の名義変更が進まなくなります。整理の出発点は、節税の小技ではなく「全体構造を一枚に描くこと」です。
第一に、誰がどれだけ相続するか — 準拠法
最初に決めるべきは「どの国の法律で相続人と相続分が決まるか」です。法の適用に関する通則法第36条は、相続について「被相続人の本国法による」と定めています。被相続人が中国籍であれば、相続人の範囲も各人の取り分も、原則として中国法(中国民法典)に従って判断されることになります。日本に資産があるからといって、自動的に日本の民法で分けられるわけではありません。ここを取り違えると、後続の手続きすべてが揺らぎます。
第二に、日本資産の相続税申告
日本国内の資産については、相続税の申告が必要です。相続税法第27条は、相続の開始があったことを知った日の翌日から十月以内に、申告書を税務署へ提出しなければならないと定めています。この十ヶ月という期間は、書類の収集・財産評価・遺産分割の合意までを含む実務全体に対して、決して長くはありません。年度内のどこかではなく、相続開始を起点とした明確な期限である点に注意が必要です。
第三に、中国資産の承継手続き
実務上もっとも時間を要するのが、中国側の資産の承継です。日本で発行された死亡証明を中国語へ翻訳し、公証を経て領事認証を受け、その書類一式をもって中国現地の公証処で相続公証を行い、最後に不動産登記の名義変更へ進みます。中国側の公証実務は日本発行書類の形式要件に厳格で、書式が整わなければ差し戻されます。書類準備だけで数ヶ月を要することは珍しくありません。
重なり合う税 — 全体像を一枚に
日中をまたぐ相続では、性質の異なる税が同時に視野に入ります。
| 税目 | 課税する側 | 構造上のポイント |
|---|---|---|
| 日本の相続税 | 日本 | 被相続人の全世界財産が対象となり得る(中国所在の不動産を含む) |
| 中国側の不動産取得関連税(契税等) | 中国 | 不動産の名義変更に伴って発生する地方税 |
| 将来の相続税(中国) | 中国 | 現時点で相続税は存在しないが、制度をめぐる議論は続いている |
ここで構造的に重要なのは、二重課税の調整です。所得に関する租税条約は、その名のとおり所得課税の二重化を調整する枠組みが中心であり、相続税や贈与税を直接の対象としていません。日本側には、国外財産にその地の法令で相続税に相当する税が課された場合にこれを控除する制度があります(相続税法第20条の2)。もっとも、中国に相続税が存在しない現状では、この控除を使う前提自体が整いません。つまり「払った税を後で取り戻す」発想だけでは、日中間の相続はカバーしきれないということです。
構造として捉える
私たちの経験では、つまずきの多くは「隠そうとした」ことではなく、「どの国の、どの手続きを、誰に頼むべきかが見えていない」ことから生じています。確認すべき点は次のとおりです。
- 被相続人の本国法はどこか — 相続人と相続分の判断基準が変わります
- 資産は日中それぞれにどう分布しているか — 申告・登記の段取りが決まります
- 日本側の申告期限(相続開始を知った日の翌日から十ヶ月)から逆算した工程表があるか
日本側の相続税申告は税理士が、中国側の相続公証は現地の公証処が担います。その間をつなぐ翻訳・認証・二国の制度の接続を、相続開始の前に一枚の構造図へ落とし込むことが、日中をまたぐ相続の本当の出発点です。
本稿は一般的な税制情報の提供を目的とするものであり、個別の税務相談に該当するものではありません。具体的な申告・税額計算については、提携税理士をご紹介の上、有資格者が対応いたします。